ボディ・トーク

言葉で足りないことばかり

余裕を失ったときの行動

疲れたときとか余裕を失ったとき、とにかく「誰でもいいから褒めてくれないかな〜」とか「抱いてくれないかな〜」とか思っちゃう。

それで自分を受け入れてくれる人がそばに居ると「もう自らの何もかもを預けちゃおうかな〜」とべったりになってしまう。

それが世間から見て許されない立場の相手でも見境なく思うのかもしれない。見境なく行動しちゃうから世の中から不倫だの浮気だのは消えないんじゃないかな。というのが自論である。

それでやらかしてる最中、やらかした後に「うわあ自分まずいことしてるなあ…」と我に返る。愚か極まりない。

そしてなによりも怖いのは相手にも少なからず悪影響を与えたんだろうなあという疑いを持ってしまうことである。そうした勝手な疑いから自分で拠り所を減らしていっているような気がする。

まあ自分の「甘えさせて〜!愛してくれ〜!」っていう自分勝手が相手に迷惑かけてるだけなんだよね。これって(笑)

まさにそんな事を引き起こしてる今、反省して自分を振り返ってみる。

振り返ってみて気づいたのは「心に余裕がなくて疲れているときに他人に寄りかかろうとしてしまう」ということである。

心に余裕がないときは大体人間関係で嫌になったとき、トラブルが起きたとき。もう怒るのも疲れて、泣くのもこらえてってときに拠り所である相手からメッセージなんか届くとまっしぐらに飛びつく。メッセージで足りないくらい追い詰められると「会いませんか

?」って送っちゃう。相手から褒められたいし、愛されたいから印象よく振る舞うし酷ければ色目だって使う。我ながら最低なことは百も承知である。何が酷いかって「愛をくれるなら誰でもいい」ってどこかで思ってる所。「その人が好きだから愛を与えてほしい」「あなたからの愛が欲しい」という気持ちが欠けている。要するにわたしは相手に本当の愛も思いやりも与えられないのに自分は相手から愛も思いやりも何もかも差し出してほしいと思っている。良くないなあ。

それから体に余裕が無い時は別に他人を求めようと思わない。もう具合が悪いととにかく帰って寝たい。一人になりたい。メッセージとか届いても開ける気力もない。愛を拾う余裕もない。

どちらにしろとにかく自分勝手である。

なんとかしたいなあ。

一番いいのは余裕を失わないことなんだけどなあ。それかどんなことがあっても一定に尽くしたいと思える相手を見つけることもいいのかなあ。

さみしいのも疲れるのも人を壊しますね(笑)恐ろしい!